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toospicychicken’

人生のレールから脱線しちゃったんだけどこれからどうしよう系大学生のブログ。※現在休学中

ビジネス(笑)の勧誘がウザかった話

こんにちは。これは怒りと呆れの記事です。

 

この記事を読んで下さっている読者の皆さんは大体ツイッターのアカウントを持ってるかと思うんです。特にブロガーの方は広報活動の一環としてアカウントを所持しているはずです。ツイッターの拡散力って半端ないですからね。

 

ツイッターをしているとごくたまにビジネス系アカウントにフォローされます。そもそもビジネス系アカウントという曖昧なネーミングをしてますが、恐らくその様な曖昧な表現でも通じちゃうくらいの存在であるかと思います。

 

要するにビジネス紹介しますよ〜的なヤツです。特にアイツらって自分がどれほど儲けているかを曝け出してますよね。札束を大量に見せびらかしたり、お偉いさんと食事会をしたと言ったり、高層ビルの一室に住んでいるよとか、高級車持っているよとかね。

 

そもそも儲かる手法をわざわざ他人に教えること自体が意味不明なんですが(だって自分だけ儲かってたらいいじゃん、わざわざライバル増やす必要ある?)、彼らはそういった情報を売るというビジネスで生計を立てています。情報商材とかマルチ商法といった感じですね、簡単にいうと。

 

 

もはやあんなのに引っかかるのかよと思うんですよ。ネット上で知らない奴がいきなりビジネス(なんのだよ)をしませんか?稼ぎませんか?みたいなかと言って信じられますか?ただね、ネット上だといいんですけど、これ、実際の友達が手をつけていたらどう思います?

 

自分の高校時代から知り合いだった同じ大学の友人がこのビジネス系アカウントだったわけですよ。アカウントつうかビジネス系大学生?。で、こいつはオンラインバンク開設やiPhoneの新規契約開拓に関係する紹介系ビジネス(いわゆるマルチ商法)をやっていたわけです。どんどん紹介していってマージン得るってやつ。

 

まあビジネスモデルが明確で本人のことを知っている分、ツイッターのビジネス系アカウントよりマシですよね。

 

しかし、ビジネス系アカウントと同様のウザさはありました。その元友人もツイッターでの意識高い発言、普通の雑談中なのになぜかセミナーに登壇しているかの様な会話、と痛々しかったのです。

 

まあそんなことはその人達の自由なんだが、その中でも群を抜いて腹立たしいことが。ビジネス系大学生は友達までも金としてしか見てないということだ。実際私にも営業かけてきましたからね。お前は俺を友人から諭吉に変換しやがったな、と。ムカついたので以下の様な仕打ちをしてやったわFu**。

 

 

 (私の方がゲスだという批判は受け付けていません。)

 

 

あと悪徳ビジネスならまだしも、有名なカード会社の新人研修とかでもクレカの新規開拓ノルマがある様ですがあれって友達なくしますよね。ああ言う理不尽な事やってたら会社衰退しますよ。サイコパスしか集まんねえよ。みんなサイコパスだよ。だわ、映画化決定。

 

 

 

だから大学生は目先の大金に惑わされず、周りの人を大切にするべきだと。実際私の元友人は友達かなり失ってましたからね、どうでもいいけど。

 

みなさんも健全なビジネスをしましょう。では。

 

 

はてな界隈には増田という文才に富んだ人がいるらしい

こんにちは。肌寒い日が続きますね。

 

 

はてなブログに手を出して大体1ヶ月半経ちました。ネタ切れに屈しつつもなんとか踠きながらブログを執筆しとります。できるだけ書きたいことを書くように、尚且つ少しでも読者に役に立つような記事か面白い記事を意識してます。

 

 

そこで気付いたことがあるんですが、ブログを書く時って書きたいことをリストアップすることも必要だけど、これは絶対しないというルールの方が、効果抜群なんですよね。方向性が定まりやすいっていうか。より洗練されていく感覚。

 

 

例えば私なんかは、炎上ブロガーの様な「読者に何も生み出さず、ただネットという広大な宇宙に宇宙ゴミを散乱させる」ような記事は書かない様に意識してます。はたしてこのブログが宇宙ゴミレベルの無駄記事なのではないかという指摘があるかと思いますが、大多数の人間から見て不快ではない、と自負してます。無駄ではあるけど不快感は与えないだろ多分、的なね。

 

 

 

タイトルの通り本題に入りたいと思いますが、ブログを書く時って他人の記事を参考にしたりネタを探したりするわけですよ。で、はてなのサービスを使ってるわけだから勿論はてなブックマークも利用するんです。沢山ブクマ付いてる記事とか新着とか見て参考にするんです。どんな記事がバズってるか、とかどんな書き方がいいだとか。

 

 

まあ、アフィでごちゃごちゃした記事やしょうもない馴れ合いの記事やラーメン二郎のレポばっかりまとめてる記事(私得)が蔓延っている中、増田さんって人が沢山記事を書いているわけですよ。そして何回もバズってると。

 

特にこれが尖ってる文章かつ内容なんですよね。言いたい事をズバズバと高度な文章力で伝えているっていうか。しかも文字だけで絵や画像なし。これってカッコよくないですか?引用すらないんですよ。所謂ペンは剣よりも強し、みたいなね。さすが増田さん、憧れます。そういった単純に文章力とユーモアセンスだけでのし上がっていく感じ。

 

 

 

で、昔々ネットが流行った時にもこう言うサイトがあったわけで、それを「テキストサイト」と言ったらしいです。画像やリンクを貼ると重すぎて低スペPCじゃ動かないからテキストのみでページを運営するとかなんとか。現在ブイブイ言わせてる某ヨッピーさんなんかもテキストサイトを運営していた経験があるそうで。 以前この記事で語っておられました。

 

【侍魂】インターネット古参が泣いて喜ぶ「テキストサイト同窓会」やってみた【兄貴の館】 | オモコロ

 

 

まあ某ヨッピーさんは置いといて、増田さんは時代に逆行する様に文字だけで勝負してるんですよ。その辺にいるブロガーが画像と吹き出しなんかつけたり、一筆書きで描ける様な適当な絵を貼って見た目を気にしたりする状況を側にね。

 

私も彼のように純粋な文章力だけで勝負できる実力をつけたい。

 

 

自分で書いた絵や撮影した写真、データ資料、引用や広告なんかで華やかなブログもいいと思います。実際に情報が一目見て分かりやすかったりオリジナリティがあって読むのが楽しかったりしますから。

 

しかし、(内容が伴っている場合は除いて)そういった見た目だけというか、小手先のテクニックだけでブログを書いても中身スッカスカで伝えたいことも分からないような記事だと意味ないですよね。だから自分はそんな上っ面だけの記事にならないようにまず、(面白いブログとしての)文章力をつけたい。形は後から付いてくるっていう。

 

 

ただ、私は文学なんか学習したことないし小説も読まないし語彙力ないし彼女いないしブログも始めて1ヶ月半だしで、その道は険しくなることでしょう。しかし日々精進していきたい。我ながら来年どうなっているか楽しみです。まずブログが続いているといいですね(他人事のように言う)。

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

え?増田ってアノニマスダの略で人名じゃないって?

 

まあとにかく、また今度。

MacBook Pro 13インチモデルを購入しようと思う。

ほいほいこんにちは、ホイホイ君です。(違います)

 

 

MacBookProが欲しい

 

 

そう思って約半年。

 

 

 

ただ、迷いどころがある。

 

持ち運びたい&ある程度のスペックが欲しいのでproの13インチは確定。そこで、選択肢としては以下の様になる。

 

 

・旧型MacBookPro13

・新型MacBookPro13タッチバーなし

・新型MacBookPro13タッチバーあり

 

 

という感じ。メモリは16GBに上げるつもり。SSDは正直まだわからない。多ければ多いほどいいから多分限界まで積む。デュアルコアなのでi5もi7も変わらないかと言う事でi5の上位を選択するだろう。

 

 

 

旧型→新型ってどれくらい性能差があるんだろう。あとこの三択の場合一番中途半端な、新型タッチバーなし、を選ぶ旨味はあるのだろうか。正直、初マックなので迷いに迷っている。

 

ぶっちゃけなにが引っかかっているかというと、旧型と新型タッチバーありの価格差は5万くらいあって2万円追加したらiPhone7が買えちゃうじゃんってなる点が大きいってことなのである。貧乏人がそもそもマカーになるなと言われても困る。もはやこの物欲は誰も抑えることはできない。

 

 

そしてもう一点の悩み。

 

 

キーボード配列をJISかUSどちらかにするか

 

正直言ってJISに対して不満があるとすれば、

 

 

「ひらがないらなくね?」

 

 

ってことぐらいか、かな入力しないし。

 

 

ただ、ネットのレビューなんか見ているとUS配置を推している記事が沢山ある。その反面、JISを進めている人はかな入力をしている人ぐらいか。(そもそも、ずっとJISを使い続けている人がJISキーボードのレビューをするかと言うと微妙なので、当たり前の現象ではある。)

 

プログラミングを勉強したいと思っているが、そういうことならUSなんかなあ。まあその点は実際に現物を触って決めたい。

 

 

 

と言うことで、マカーのどなたかアドバイス下さい。♪( ´θ`)ノ

 

【追記】

結局考えに考え抜いたことで以下の様な結果に。購入するのは半月後くらいなので、まだ分かりませんが!

 

ドキュメンタルでの松本人志「世界一面白い人は世界一つまらない」について考察してみた。

こんにちは。年末年始、お正月のあの独特な雰囲気っていいですよね。私は2016年の年末年始は日本で過ごさなかったので、年越した感じがしません。

 

お正月というとテレビを見ると特番が放送されていて、昔は徹夜で見ていました。ここ数年で大分つまらなくなりましたがね。ほんとテレビってゴミ。テレビ見ない自慢をエンタメ業界はディスってますが、自慢もなにもつまんねえんだからしょうがねえわ。というかスポンサーがこの状況を許していることがおかしいよね。

 

 

ということで、年末年始の特番が視聴できなかったのでアマゾンプライムで話題になっていた松本人志プレゼンツの「ドキュメンタル」をビール片手に一気観しました。今回は視聴中に気になった松本人志の発言に関する私の見解を述べたいと思います。

 

【目次】 

 

Amazonプライムとは

ところで、上記で述べているAmazonプライムとは、年会費3900円を支払うことでお急ぎ便・日時指定便などを無料で選択できる会員サービスです。ネットショップのサービスだけにとどまらず、無料で音楽を再生できるサービスのプライムミュージックや、ドラマ・映画などが見放題のプライムビデオを利用できるんです。今回はこのプライムビデオで「ドキュメンタル」を視聴しました。

 

ちなみに、年会費3900円でこれはとてもコスパが良いです。AppleMusic&Netflixの組み合わせと比べると毎月2000円なので年会費24000円です。つまりAmazonプライムの8倍ですね。そう考えるとかなりお得。お急ぎ便なんかもついてくるわけですから。

 

 詳しくはこちらで。

(サッ)

 

松本人志のドキュメンタル

本題に入る前に、まず番組の説明をしたいと思います。 2016年の終わり頃に話題になった「ドキュメンタル」(全4話)です。

 

 

一言で説明すると、

 

芸人10人が同じ部屋に集まり、笑わなかった者だけが生き残る

 

という企画で、最後の1人が1000万獲得するんです。言わば年末にやっている「笑ってはいけない」のスピンオフ的なヤツです。芸人同士で笑かし合うところが違う点ですね。

 

ここで面白いのが参加費は100万円という点。売れない芸人も参加者にいて、彼らは芸人仲間から借金までして参加してます。まぁ本当かヤラセかは置いておいて、演出としては面白いですね。そう言ったドキュメンタリー的な面とメンタル(笑いを堪える)があるからドキュメンタルというタイトルらしいです。

 

年末にやってる「笑ってはいけないシリーズ」は良くも悪くも定番になってしまったというか、「お約束」が多いし大御所使いすぎだしってことでもうお祭り感覚ですね。

 

それと比べて芸人同士、しかも賞金がかかっているので必死さが違います。なので少し違った楽しみ方ができると思います。

 

 

「世界一面白い人は世界一つまらない人」

本題に入りたいと思います。 芸人が死闘を繰り広げている中で、松本人志にインタビューするシーンが幾つか合間に流れます。そこで、番組の裏方さんが「笑いを我慢することってある意味お笑いと真逆の行動ですよね。」的なことを質問します。そこで松本人志は、自分がお笑いのトップを目指していた頃の話をしました。ただ、あるとき限界を感じたと。そこで以下の発言をしました。

 

 

松本人志の発言

「世界一面白い人は世界一つまらない」

彼は若手時代、文字通り「お笑いで世界一」を目指していたそうです。しかしある時、このままでは世界で2番目にしかなれないと感じたらしい。という理由が上記の発言ということです。

 

これを聞いたときは、一体どういう意味かよく分かりませんでしたね。そこで一時停止しましたもん私、「は?」つって。だって世界一面白いってことはつまらないはずないじゃないか、って。みなさんもそう思うかと。

 

 

発言の真意を考察してみた

個人的にモヤモヤするので勝手に整理してみることに。以下に、世界一面白い人がいると仮定し、その要素を挙げてみました。

 

1.世界中に知られている

2.万人受けである

3.世界一だと認められている

 

 

まあ無理やり感がありますが、つまり世界中がその人物を知っていて彼の笑いは万人に受けるということです。次に「世界一面白い人は世界一つまらない」というロジックを考えてみます。

 

1.世界中に知れらている分、アンチも世界規模

2.万人に受けるネタは「ありきたり」である。

3.発言・笑い一つ一つに世界一という重圧があり批判を気にする必要がある。

 

 

この3点。まとめると世界中の人間に対して万人にウケる笑いを提供しなければならない。また、世界一という身分として批判をウケるネタ(賛否両論になるようなもの)をしてはいけない。つまり芸人として尖ることができず、発言・ネタの影響力を考慮しなければならないということですね。政治色のあるネタとか差別に対する意見とか言えなくなるわけです。 

 

人志松本が何を言いたいかというと「全員にウケようとするとつまらなくなる」ということなのかもしれません。私はそう感じました。そして彼自身はそうなる気はないし、そもそもつまらなくないという自信があるのでしょう。

 

トップを目指すことにメリットがなく、尖った個性が必要ということ。客に媚びる「笑い」よりも自分の目指す「笑い」を取ることが必要であると。 

 

まああくまで私が感じたことなのでもし違うということなら、直接会って真相を聞きたいですね。そのときサインもいただきたいです。

 

 

一番を目指すより個性を磨くべき

で、これお笑いにだけじゃなくて全てのことに言えると思うんですよね。一つの分野でトップになるよりも、個性的で独特な存在になるほうがいいんじゃないかってことです。

 

万人に好かれようとするより、狭い範囲でも良いから個性を出し切れる層に向けて行動することも一つの選択肢でしょう。私もトップになるより個性バリバリ出して言いたいこと言ってやりたい事する人生を歩みたい、、、。(切実)

 

 

自ら笑いを作り上げるタイプの人におすすめ

ところでこの作品はどんな人にオススメか。レビューを見ると☆5と☆1の評価がほぼ拮抗というなんともシュールな状態。批判のレビューは「ルールの曖昧さ」「4話がつまらない」フジモンがうざい、いらない」といったものが多く、頷ける部分もあります。しかし、「ドキュメンタリー」と「メンタル」の融合というそもそものコンセプトを理解していない人のレビューが大半なので、わざわざ視聴する前に参考にしなくてよいかと。

 

今回は私の個人的な感想を書くのは止しておきますが(誰も興味がないことが明白なため)、特におすすめする層としては「自ら笑いを創ろうとするタイプの人」。どちらかというと普段から自分はお客さんで周りが笑わせてくるのを待っているクソ地蔵クレクレ君乞食には向かない作品。笑いに貪欲な人ほど、ベテラン芸人たちの手段を問わない笑いにたいして中毒性を感じるに違いない。ただし4話は除く

 

 

まとめ

まあ非常にひっかかった発言があったので宣伝記事っぽくなるなと思いつつも、書いちゃいました。彼の考えはやはり面白い。ただ巷では昔と比べて落ちぶれたと言われているようですね。いや、私は全盛期のダウンタウンを知らないので一概に言えませんが、今でも十分面白いと思います。

 

 

興味が沸いたら登録して視聴してみてください。ちなみに学生さんなら学生証を登録することで、年会費が半額です。私も半額で登録しました。休学しててよかったです。

 

では、また。

 

 

意識高い系がなぜ嫌われるのか考える

はじめに

そもそも意識高い系とは個人のとらえ方によって定義が変わってくる言葉であり、私の勝手な判断で「これが意識高い系である」と決めることはできない。

 

しかし私の中で「意識高い系」とカテゴライズされた人間は間違いなく存在し、その特徴は他の方々が意味する「意識高い系」と大きな違いはないといえるであろう。

 

私はまだ学生であり、社会人の意識高い系と関わることが極めて少ない。よってこの記事で言及するのは「意識高い系大学生」である。

 

よくある意見として「意識高い系」と「本当に意識が高い」は別で後者は尊敬に値するというものがあるが、私自身は後者のカテゴライズをわざわざする必要はないと考えているので、今回は触れない。その理由として後者はただ意識を高く持つ「優秀な人」で片付けられるのであるから。

 

つまり何が言いたいかというと、私の中の「意識高い系」は少なからず過去に私から嫌われている存在で「あった」ということだ。じゃあ今は違うのかというとそれは後述する。

 

 

意識高い系の定義

ではここで一度、「私が考える意識高い系大学生」を定義してみたい。

 

意識高い系大学生とは

自分のありたい姿を高く設定してそれを周りに公表する。そのために行った活動やその実績をSNSなどに長文で拡散している。公表する文章はどこかポエム的で且つ当り障りのない表現をしている。またその活動は主に「社会人のお偉いさんと食事をした」だとか「インターンで優秀な学生に出会った」とか「イベントを企画して人脈を形成した」などといった他人からの影響系が多く占め、更にその相手から大きな刺激を受けがち。また、以上のように普通の学生よりも貴重な経験をしているかのように見えるが、SNSでの発言と実際の行動が一致していないような感覚を覚える。

 

 

まあざっとこんな感じである。では、なぜこのような学生は嫌われがちなのかと私個人の経験から憶測する。

 

 

意識高い系大学生が嫌われる理由を考える

1.「俺ってすげえだろ」という自己顕示欲が鬱陶しい

そもそもFACEBOOKにて「近況」だとか「報告」だとか言う名目で長文を投稿しがちだが誰も興味がない、目障りである。しかもただ長いだけの文で読んでいても面白くない。え?このブログも面白くないって?それはいま関係ないので後で反省する時間を頂けないだろうか。

 

つまり、目標達成のための行動が「自分を大きく見せるためのアピール」の手段になってしまっているということである。

 

 

2.ほぼ同じ位置から見下してくる

おそらく友人に「意識高い系大学生」がいると、彼らと最近会った出来事なんかを話し合うことがあるかと思う。その中で(1)のような自己顕示欲を放ち、且つ自分の行動と我々の行動とを比較してくる。人はとにかく自分と他人を比べてランク付けをしたがるからだ。そして優越感に浸る。

 

しかし彼らは言ってることとやってることが伴っていないので、見下されている側からすると違和感がある。同じ土俵に立っているのに上から見ようとしているからである。見下されることに苛立ちを覚えるのは当然だが、それと並行して「いやお前も大概だろ」という感情も湧いてくる。

 

 

3.やってることに個性がなく量産型で見飽きている

大体みんなやっていることが同じであるということ。イベント企画とか人脈形成とかもうね、見飽きたわと。加えて、他人の目を気にしすぎているからなのか嫌われたくないからなのか、当り障りのない言動に収まっており、個性が感じ取れない点に対して疑問に感じる。

 

また他人から影響を与えられるだけで自分からは与えない主義。お前はペラペラか、と言いたくなる始末である。ギブアンドテイクが大切だ。

 

 

4.行動力に対する嫉妬

3番目の項目までは批判してきたが、彼らの行動力は平均的な大学生よりも高いと感じる。我々「意識高い系ヘイター(Hater)」は彼らの行動力に嫉妬している、と私は分析する。つまり彼らに対してライバル視をしているのだ。そう考えると以前よりも嫌悪感はなくなってくるのではないだろうか。FACEBOOKで長文を見ても、無駄にストレスを感じることが減るかと思う。形は歪でも他人の努力を否定することは間違いであると気付くことが必要である。

 

ちなみに威勢だけで一切行動が伴っていない学生は「意識高い系大学生」ではなく「ただのクズ」であると認識してもらって問題ない。 

 

 

彼らが優秀な学生になるには

では「優秀な学生」と「意識高い系大学生」とでは何が違うのだろうか。私は、「とりあえず人と会っておいたら誰か引っ張ってくれるだろう」という人任せの姿勢と、周りの目を気にしすぎて尖りきれていないことだと考える。そもそも一部の天才を除き「優秀な学生」は、目標のために行う行動一つ一つに明確な目的を持ち、それを達成するためには他者の評価を気にしない精神力がある。アイデアも個性的である。「意識高い系大学生」とは違い、とりあえず「たくさん人と会ってたらなんとかなるだろう」みたいなぼやっとした動機では行動していない。

 

つまり「意識高い系大学生」は行動力や威勢はそのままキープし、今まで取ってきた行動に明確な目的と個性を取り入れることで優秀な学生へとステップアップするのではないだろうか。

 

私も優秀な学生に近づきたい。いや、もうそろそろ社会人だから優秀な人間か。 

 

まとめ

意識高い系」というカテゴライズで他人の努力を揶揄することをやめると楽になる。彼らから見習うべきことがあるが、揶揄していた以前までは「見習うべき点」を取り入れることに対して「プライド」という障壁があったかもしれない。他人の努力を認めることで「見習うべき点」を自分に取り入れることができ、成長できるのではないかと考える。

 

私自身も「意識高い系大学生」への嫉妬心を自覚し、彼らの努力や行動力を認めたことで吹っ切れることができた。自分も負けてられないなと。ただFACEBOOKで近況報告をするかというとそれは断じてない。自己顕示欲のための行動はするべきではないと感じる。こうやって匿名でブログを書いてはいるんだが、まあ匿名だから許して。

 

私がFACEBOOK投稿をしていないのと同様に、くれぐれも以前まで自分が否定していた「系」になることは避けるべきとも主張する。なぜなら我々自身が嫌っていたその「系」の特徴の中には、自分が絶対に許せない点もあるのだから。