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toospicychicken’

人生のレールから脱線しちゃったんだけどこれからどうしよう系大学生のブログ。※現在休学中

就活忙しくて(言い訳)ブログ休んでました。

お久しぶりです。

 

タイトルの通り、というかブログの更新日を見ていただけたらわかると思うのですが、ブログサボってました。

 

なんと、4ヶ月も(笑)

 

怠惰ですね、正直。

以前のブログ記事にも取り敢えず3ヶ月継続しようとか甘いこと書いてるなあと。

 

いやお前1ヶ月しか続いてないやんけ

 

、と。

 

でもね、みなさん、僕戻ってきましたよ。アカウント消して逃げるということをせずに。堂々と。ずぶとく。無神経に。白々しい顔をして戻ってきました。褒めてください。以前の僕だったら全ての関連するアカウントを消してこの世界から消え去ってますから。最初からいなかったかのようにね。

 

−−−−−−

 

まあ海外にいた間は、人と直接(日本語で)コミュニケーションを取る時間も少なかったですしそもそもやることがなかったからブログに費やすことができてたんですね。

 

今は就活で忙しくて、、、

というかまだ就活してんですよ僕。周りはもう終わってる人もいるのに。まあ周りを気にして生きていたら辛いだけなので、気にせず行きましょう。まあ気になりますが。

 

ブログを書く際もそうです。他人のことを気にしていたら続きません。あくまでアフィブロとかでは無いので出来る限り自分が書きたいことを書く。そのほうが続くのかなあと一度挫折、いや2度位挫折したことから気づきました。

 

とりあえず気楽に続けていこうと思います。

では。

 

ビジネス(笑)の勧誘がウザかった話

こんにちは。これは怒りと呆れの記事です。

 

この記事を読んで下さっている読者の皆さんは大体ツイッターのアカウントを持ってるかと思うんです。特にブロガーの方は広報活動の一環としてアカウントを所持しているはずです。ツイッターの拡散力って半端ないですからね。

 

ツイッターをしているとごくたまにビジネス系アカウントにフォローされます。そもそもビジネス系アカウントという曖昧なネーミングをしてますが、恐らくその様な曖昧な表現でも通じちゃうくらいの存在であるかと思います。

 

要するにビジネス紹介しますよ〜的なヤツです。特にアイツらって自分がどれほど儲けているかを曝け出してますよね。札束を大量に見せびらかしたり、お偉いさんと食事会をしたと言ったり、高層ビルの一室に住んでいるよとか、高級車持っているよとかね。

 

そもそも儲かる手法をわざわざ他人に教えること自体が意味不明なんですが(だって自分だけ儲かってたらいいじゃん、わざわざライバル増やす必要ある?)、彼らはそういった情報を売るというビジネスで生計を立てています。情報商材とかマルチ商法といった感じですね、簡単にいうと。

 

 

もはやあんなのに引っかかるのかよと思うんですよ。ネット上で知らない奴がいきなりビジネス(なんのだよ)をしませんか?稼ぎませんか?みたいなかと言って信じられますか?ただね、ネット上だといいんですけど、これ、実際の友達が手をつけていたらどう思います?

 

自分の高校時代から知り合いだった同じ大学の友人がこのビジネス系アカウントだったわけですよ。アカウントつうかビジネス系大学生?。で、こいつはオンラインバンク開設やiPhoneの新規契約開拓に関係する紹介系ビジネス(いわゆるマルチ商法)をやっていたわけです。どんどん紹介していってマージン得るってやつ。

 

まあビジネスモデルが明確で本人のことを知っている分、ツイッターのビジネス系アカウントよりマシですよね。

 

しかし、ビジネス系アカウントと同様のウザさはありました。その元友人もツイッターでの意識高い発言、普通の雑談中なのになぜかセミナーに登壇しているかの様な会話、と痛々しかったのです。

 

まあそんなことはその人達の自由なんだが、その中でも群を抜いて腹立たしいことが。ビジネス系大学生は友達までも金としてしか見てないということだ。実際私にも営業かけてきましたからね。お前は俺を友人から諭吉に変換しやがったな、と。ムカついたので以下の様な仕打ちをしてやったわFu**。

 

 

 (私の方がゲスだという批判は受け付けていません。)

 

 

あと悪徳ビジネスならまだしも、有名なカード会社の新人研修とかでもクレカの新規開拓ノルマがある様ですがあれって友達なくしますよね。ああ言う理不尽な事やってたら会社衰退しますよ。サイコパスしか集まんねえよ。みんなサイコパスだよ。だわ、映画化決定。

 

 

 

だから大学生は目先の大金に惑わされず、周りの人を大切にするべきだと。実際私の元友人は友達かなり失ってましたからね、どうでもいいけど。

 

みなさんも健全なビジネスをしましょう。では。

 

 

はてな界隈には増田という文才に富んだ人がいるらしい

こんにちは。肌寒い日が続きますね。

 

 

はてなブログに手を出して大体1ヶ月半経ちました。ネタ切れに屈しつつもなんとか踠きながらブログを執筆しとります。できるだけ書きたいことを書くように、尚且つ少しでも読者に役に立つような記事か面白い記事を意識してます。

 

 

そこで気付いたことがあるんですが、ブログを書く時って書きたいことをリストアップすることも必要だけど、これは絶対しないというルールの方が、効果抜群なんですよね。方向性が定まりやすいっていうか。より洗練されていく感覚。

 

 

例えば私なんかは、炎上ブロガーの様な「読者に何も生み出さず、ただネットという広大な宇宙に宇宙ゴミを散乱させる」ような記事は書かない様に意識してます。はたしてこのブログが宇宙ゴミレベルの無駄記事なのではないかという指摘があるかと思いますが、大多数の人間から見て不快ではない、と自負してます。無駄ではあるけど不快感は与えないだろ多分、的なね。

 

 

 

タイトルの通り本題に入りたいと思いますが、ブログを書く時って他人の記事を参考にしたりネタを探したりするわけですよ。で、はてなのサービスを使ってるわけだから勿論はてなブックマークも利用するんです。沢山ブクマ付いてる記事とか新着とか見て参考にするんです。どんな記事がバズってるか、とかどんな書き方がいいだとか。

 

 

まあ、アフィでごちゃごちゃした記事やしょうもない馴れ合いの記事やラーメン二郎のレポばっかりまとめてる記事(私得)が蔓延っている中、増田さんって人が沢山記事を書いているわけですよ。そして何回もバズってると。

 

特にこれが尖ってる文章かつ内容なんですよね。言いたい事をズバズバと高度な文章力で伝えているっていうか。しかも文字だけで絵や画像なし。これってカッコよくないですか?引用すらないんですよ。所謂ペンは剣よりも強し、みたいなね。さすが増田さん、憧れます。そういった単純に文章力とユーモアセンスだけでのし上がっていく感じ。

 

 

 

で、昔々ネットが流行った時にもこう言うサイトがあったわけで、それを「テキストサイト」と言ったらしいです。画像やリンクを貼ると重すぎて低スペPCじゃ動かないからテキストのみでページを運営するとかなんとか。現在ブイブイ言わせてる某ヨッピーさんなんかもテキストサイトを運営していた経験があるそうで。 以前この記事で語っておられました。

 

【侍魂】インターネット古参が泣いて喜ぶ「テキストサイト同窓会」やってみた【兄貴の館】 | オモコロ

 

 

まあ某ヨッピーさんは置いといて、増田さんは時代に逆行する様に文字だけで勝負してるんですよ。その辺にいるブロガーが画像と吹き出しなんかつけたり、一筆書きで描ける様な適当な絵を貼って見た目を気にしたりする状況を側にね。

 

私も彼のように純粋な文章力だけで勝負できる実力をつけたい。

 

 

自分で書いた絵や撮影した写真、データ資料、引用や広告なんかで華やかなブログもいいと思います。実際に情報が一目見て分かりやすかったりオリジナリティがあって読むのが楽しかったりしますから。

 

しかし、(内容が伴っている場合は除いて)そういった見た目だけというか、小手先のテクニックだけでブログを書いても中身スッカスカで伝えたいことも分からないような記事だと意味ないですよね。だから自分はそんな上っ面だけの記事にならないようにまず、(面白いブログとしての)文章力をつけたい。形は後から付いてくるっていう。

 

 

ただ、私は文学なんか学習したことないし小説も読まないし語彙力ないし彼女いないしブログも始めて1ヶ月半だしで、その道は険しくなることでしょう。しかし日々精進していきたい。我ながら来年どうなっているか楽しみです。まずブログが続いているといいですね(他人事のように言う)。

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

え?増田ってアノニマスダの略で人名じゃないって?

 

まあとにかく、また今度。

意識高い系がなぜ嫌われるのか考える

はじめに

そもそも意識高い系とは個人のとらえ方によって定義が変わってくる言葉であり、私の勝手な判断で「これが意識高い系である」と決めることはできない。

 

しかし私の中で「意識高い系」とカテゴライズされた人間は間違いなく存在し、その特徴は他の方々が意味する「意識高い系」と大きな違いはないといえるであろう。

 

私はまだ学生であり、社会人の意識高い系と関わることが極めて少ない。よってこの記事で言及するのは「意識高い系大学生」である。

 

よくある意見として「意識高い系」と「本当に意識が高い」は別で後者は尊敬に値するというものがあるが、私自身は後者のカテゴライズをわざわざする必要はないと考えているので、今回は触れない。その理由として後者はただ意識を高く持つ「優秀な人」で片付けられるのであるから。

 

つまり何が言いたいかというと、私の中の「意識高い系」は少なからず過去に私から嫌われている存在で「あった」ということだ。じゃあ今は違うのかというとそれは後述する。

 

 

意識高い系の定義

ではここで一度、「私が考える意識高い系大学生」を定義してみたい。

 

意識高い系大学生とは

自分のありたい姿を高く設定してそれを周りに公表する。そのために行った活動やその実績をSNSなどに長文で拡散している。公表する文章はどこかポエム的で且つ当り障りのない表現をしている。またその活動は主に「社会人のお偉いさんと食事をした」だとか「インターンで優秀な学生に出会った」とか「イベントを企画して人脈を形成した」などといった他人からの影響系が多く占め、更にその相手から大きな刺激を受けがち。また、以上のように普通の学生よりも貴重な経験をしているかのように見えるが、SNSでの発言と実際の行動が一致していないような感覚を覚える。

 

 

まあざっとこんな感じである。では、なぜこのような学生は嫌われがちなのかと私個人の経験から憶測する。

 

 

意識高い系大学生が嫌われる理由を考える

1.「俺ってすげえだろ」という自己顕示欲が鬱陶しい

そもそもFACEBOOKにて「近況」だとか「報告」だとか言う名目で長文を投稿しがちだが誰も興味がない、目障りである。しかもただ長いだけの文で読んでいても面白くない。え?このブログも面白くないって?それはいま関係ないので後で反省する時間を頂けないだろうか。

 

つまり、目標達成のための行動が「自分を大きく見せるためのアピール」の手段になってしまっているということである。

 

 

2.ほぼ同じ位置から見下してくる

おそらく友人に「意識高い系大学生」がいると、彼らと最近会った出来事なんかを話し合うことがあるかと思う。その中で(1)のような自己顕示欲を放ち、且つ自分の行動と我々の行動とを比較してくる。人はとにかく自分と他人を比べてランク付けをしたがるからだ。そして優越感に浸る。

 

しかし彼らは言ってることとやってることが伴っていないので、見下されている側からすると違和感がある。同じ土俵に立っているのに上から見ようとしているからである。見下されることに苛立ちを覚えるのは当然だが、それと並行して「いやお前も大概だろ」という感情も湧いてくる。

 

 

3.やってることに個性がなく量産型で見飽きている

大体みんなやっていることが同じであるということ。イベント企画とか人脈形成とかもうね、見飽きたわと。加えて、他人の目を気にしすぎているからなのか嫌われたくないからなのか、当り障りのない言動に収まっており、個性が感じ取れない点に対して疑問に感じる。

 

また他人から影響を与えられるだけで自分からは与えない主義。お前はペラペラか、と言いたくなる始末である。ギブアンドテイクが大切だ。

 

 

4.行動力に対する嫉妬

3番目の項目までは批判してきたが、彼らの行動力は平均的な大学生よりも高いと感じる。我々「意識高い系ヘイター(Hater)」は彼らの行動力に嫉妬している、と私は分析する。つまり彼らに対してライバル視をしているのだ。そう考えると以前よりも嫌悪感はなくなってくるのではないだろうか。FACEBOOKで長文を見ても、無駄にストレスを感じることが減るかと思う。形は歪でも他人の努力を否定することは間違いであると気付くことが必要である。

 

ちなみに威勢だけで一切行動が伴っていない学生は「意識高い系大学生」ではなく「ただのクズ」であると認識してもらって問題ない。 

 

 

彼らが優秀な学生になるには

では「優秀な学生」と「意識高い系大学生」とでは何が違うのだろうか。私は、「とりあえず人と会っておいたら誰か引っ張ってくれるだろう」という人任せの姿勢と、周りの目を気にしすぎて尖りきれていないことだと考える。そもそも一部の天才を除き「優秀な学生」は、目標のために行う行動一つ一つに明確な目的を持ち、それを達成するためには他者の評価を気にしない精神力がある。アイデアも個性的である。「意識高い系大学生」とは違い、とりあえず「たくさん人と会ってたらなんとかなるだろう」みたいなぼやっとした動機では行動していない。

 

つまり「意識高い系大学生」は行動力や威勢はそのままキープし、今まで取ってきた行動に明確な目的と個性を取り入れることで優秀な学生へとステップアップするのではないだろうか。

 

私も優秀な学生に近づきたい。いや、もうそろそろ社会人だから優秀な人間か。 

 

まとめ

意識高い系」というカテゴライズで他人の努力を揶揄することをやめると楽になる。彼らから見習うべきことがあるが、揶揄していた以前までは「見習うべき点」を取り入れることに対して「プライド」という障壁があったかもしれない。他人の努力を認めることで「見習うべき点」を自分に取り入れることができ、成長できるのではないかと考える。

 

私自身も「意識高い系大学生」への嫉妬心を自覚し、彼らの努力や行動力を認めたことで吹っ切れることができた。自分も負けてられないなと。ただFACEBOOKで近況報告をするかというとそれは断じてない。自己顕示欲のための行動はするべきではないと感じる。こうやって匿名でブログを書いてはいるんだが、まあ匿名だから許して。

 

私がFACEBOOK投稿をしていないのと同様に、くれぐれも以前まで自分が否定していた「系」になることは避けるべきとも主張する。なぜなら我々自身が嫌っていたその「系」の特徴の中には、自分が絶対に許せない点もあるのだから。

学歴はどのくらい就職活動に影響するのか【学歴フィルター】

こんにちは、デヴィ夫人です。今回は学歴の重要性について就活の経験談から語ります。ちなみに私は中堅私大の学生です。18卒の就活生でもあります。そして就活は2度目です(大爆笑)。地域はヒミツです。

 

はじめに

学歴というテーマを扱う場合、大体は以下のような対立した議論になるかと思います。

 

・(大卒前提で)高学歴か低学歴か

・大卒かそれ以外か

・Fラン大卒か高卒(中卒)か

・ブサイク高学歴かイケメン低学歴か

 

今回は「大学卒業歴は必要か」というテーマではなく、就職を控える大学生にとって「学歴は就職活動に影響するのか」というテーマで記事を書いています。つまり記事の対象は就活を控えた学生と受験生ですね。

 

この記事で伝えたいこと

 今回伝えたいことを最初にまとめると、日本は未だに学歴社会であり、企業に就職する場合に学歴は高い程有利だということ。いざ、自分がやりたいことを見つけても学歴の低さでそれを実現することが難しくなる可能性があるのです。

 

つまり私の主張は「やれることの選択肢を広げるために学歴は必要」ということです。学歴なんてなくていい、とか言うのは戯言です。

 

 

高学歴だと就活で有利になる

高学歴であればあるほど就活は当然有利です。当たり前ですが企業は優秀な人材を取ろうとします。その判断基準として学歴が切っても切れないものとして存在しています。ではどのように有利なのか見ていきましょうか。※すべて個人的な感想です。

 

学歴フィルターという存在

ところで3月解禁の就活を控えた皆さん、学歴フィルターというのはご存知でしょうか。

 

toyokeizai.net

 

学歴フィルターとはつまり、企業が学生の学歴を採用判断に加味することです。そして、より優秀な学生を取るために低学歴は振るいにかけて落としてしまう行為です。

 

フィルターにかかってしまう学生は「学歴で何が分かるんだ、実力を見てくれ!」「挑戦するチャンスくらいくれたっていいじゃないか」という戯言を言ってるかと思いますね。では、一体どのようにフィルターにかけるのでしょうか。例を挙げていきます。

 

 

説明会の予約が開始→すでに満席

就職活動でのファーストステップである説明会への参加。おそらく大半がマイナビリクナビなどの就活サイト、若しくは企業ごとにあるマイページというWEBサイトから予約をします。

 

説明会のWEB予約が解禁されると、メールで連絡がくることが多いです。「説明会の予約を開始しました」という風に。で、本命の企業の場合はメールを確認したら即効マイページにログインをして予約画面を開くんですよ。そこで問題が発生します。

 

 

「すでに満席です」

 

 

・・・

 

 

 

いや、メール確認して一分もたってませんよ?、と。

 

 

明らかにおかしいですね。5〜10日ほどある日程がすべて満席になるんですよ。一瞬で。これが俗にいう「学歴フィルター」です。つまり低学歴のあなたは説明会すら参加することを許されないのです。世知辛い世の中ですね。

 

 

みんしゅうという就活生の情報交換サイトでは、自分の学歴を申告して説明会が満席かという情報交換をしている場合があります。そこでは「東大です、説明会は全部空席です」みたいなことが実際に見受けられます。

 

 

このように説明会の段階で弾いてくる企業もあります。また、学歴ごとに説明会の会場や時間を分けている場合もあるのです。

 

 

エントリーシートは読まれずに落とされる?

 これはよく言われていると思います。まず膨大な量のESを全部読んでいるのかという疑問点。これは学生である私からはなんとも言えないですが、誰もが知っている有名企業だと学歴で仕分けている可能性があります。記念受験的に提出する人もいれば、有名だから知ってるところに出そうみたいな脳ミソ空っぽのアホもいます。そういう人たちをぶった斬るために読まずに捨てるのではないでしょうか。特に食品メーカーとか超人気なのに採用人数はかなり少ないですからね。特に文系。

 

 

学歴フィルターの存在は善か悪か

では、このような理不尽なやり方は許されるのでしょうか。企業の立場に立ってみるとわかります。ちなみに私の意見は「優秀な学生を採りたいんだから当たり前だよね」です。なぜなら、企業側からするとできるだけコストを抑えて優秀な学生を採りたいからです。

 

例えばコストを削減する手段として、面接などで実際に会う学生を減らすことが一つ。できるだけ効率よく優秀な学生を引き抜きたいわけです。では同じ人数を比較した場合「低学歴で優秀な学生」と「高学歴で優秀な学生」どちらが確率的に高いでしょうか。まあ当然後者ですよね。つまり企業が学歴フィルターをかけるというのは、経営的に見て真っ当な判断だということです。

 

 

「多様性を受け入れろ!」という人もいますが、高学歴の学生だけでも十分に多種多様ですからね。それは反論にならないでしょう。だから私の意見としては、我々非高学歴はフィルターの存在を受け入れる必要があります。そして「高学歴の連中を超える実力をつける」か「割りにあった企業を目指す」手段しか残されてないということです。

 

今の自分の実力を棚に上げて学歴フィルターの存在だけを批判することは滑稽です。フィルターを設置していない企業だって山ほどあります。その労力があるなら別のものに向けることをお勧めします。時間は有限です。

 

 

OB・OG訪問に有利である

就職活動をする上で必須ともいえるOB・OG訪問。その企業でどのように働いているか、会社の雰囲気はどうか、残業はあるのか、合コンでモテるのか、社内恋愛は(以下略)というように、会社の本当の姿を聞くことができる(ほんまかいな)のがOB・OG訪問です。

 

そして当然ですが、偏差値の高い大学ほど有名企業にOB・OGが多いです。やはり偏差値の高い大学のほうが優秀な学生が多いからでしょう。ここでも中途半端な学歴の学生は苦労することになります。

 

 

ただ、OB・OG訪問は社員の出身大学と関係なく行うこともできる企業もあるので諦めないでください。

 

 

ちなみにOBOG訪問を100人とした学生さんがいるみたいです。行動力ありますね。見習いたいです。100人は嫌ですが。 

blog.tinect.jp

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高学歴にしかつかないリクルーター

リクルーターという制度はご存知でしょうか。企業にエントリーをするとリクルーターと称して若手の社員が1人、学生のサポート役のようなものにつきます。

 

何をするかと言うと、カフェで面談だったりESの添削だったり、面接の練習だったり、就活の相談だったり、普通に面談という名の選考だったり。つまり企業側が優秀な学生を囲うということです。

 

しかし、これは俗にいう旧帝大の学生にしか付かなかったりします。 我々には縁のない話です。都市伝説です。みんしゅうでしか見たことありません。

 

こういった形で高学歴は他の学生と違い優遇されているのです。

 

 

就活や企業の情報が入ってくる 

就活は情報戦とはよく言ったもので、より多くの情報を制したものが就活を制するでしょう。説明会の日程、面接の設問、テストの形式、社員の雰囲気などなど様々な情報が飛び交うのが就活期間です。高学歴の大学生は動き出すのが早いですし、やってることも学生の枠を飛び出している場合が多いです。そういった環境の中にいることで、情報が入りやすい状況を作り出すことができます。要は人脈ですね。

 

やはり環境の影響というものは大きくて、周りがウ●コの話ばかりしてたら脳みそはウ●コまみれになります。汚いです。周りが高学歴だとウ●コ好きなキ●ガイもゼロではないでしょうが、例えばインターンシップに参加する学生が多かったりすると「自分も参加してみよう」と興味が沸くかと思います。そういった意識の高い環境に入ってバンバン刺激を受けることが必要だと考えます。

 

就活に対する学歴の重要性

つまり以上の内容から、大卒として就職活動をする場合は高学歴であるほど有利と言えます。

 

 

 

高学歴のデメリットをあげてみる

 ここまで高学歴であるメリットを就活の観点から見てきましたが、「じゃあメリットしかないの?」という声が聞こえたかそうなので、無理やりデメリットを挙げてみようと思います。

 

周囲の期待値が高い

親や親戚、友人からのプレッシャーですね。

「あんたは東大にまでいったんだから、官僚になるんだろうねえ」みたいな。で、メンタルが弱い人はそういった期待に対して重圧を感じてつぶれてしまうんです。正直クソですよそんなもん。エゴですよ。無視していきましょう。

 

同じく高学歴の学生と競い合う

企業が新卒採用をする場合、大学ごとに採用人数を決めている場合があります。東大は何人、早慶は何人、関西地方から何人というような感じです。つまり東大生は東大生と闘い、早慶の学生は早慶の学生と闘うということです。これは高学歴になればなるほど競争が激化すると言っても過言ではないでしょう。

 

高学歴というプライドが邪魔

せっかく選択肢を沢山与えられているにも関わらず「高学歴の俺様がこんな仕事出来るわけないだろ!」「ミュージシャンが夢だけど高学歴だから安定した企業に努めなければ」「東大だから官僚だわ」みたいな人達。プライドが邪魔になっているということですね。

 

まあ本当にその道を進みたいのならいいのですが、プライドを保ちたいから道を決めることに対しては甚だ疑問です。

 

逆学歴フィルター

学歴フィルターという優秀な学生を効率よく採用する手法を紹介しましたが、実はその逆の手法があるのです。つまり高学歴をフィルターにかけて落とすということです。ちょっと意味が分かりませんね。

 

この手法は中小企業に採用されており、内定を辞退されるリスクを端から除外しておこうという魂胆です。「高学歴の学生はどうせ練習でうちを受けてて、うちよりいい企業から内定を貰ったらそっちにいっちゃうだろうから・・・」ということですね。 つまり逆学歴差別です。

 

まとめ

就職活動の観点からみると、やはり学歴は高いほど有利だと言えます。私も最低もうワンランク上の学歴があればなあと思うことがあります。まあ全ては実力次第なのですがね。

 

これから大学受験をする人は自分の限界に挑んで下さい。一浪くらいしたって平気です。後悔しないように。いざ自分のやりたいことを見つけた時、学歴という肩書きが助けてくれることがあるでしょう。未だに日本は学歴社会です。

 

そして高学歴学生の方は自分の学歴に高を括って安心しない様に。その傲慢な態度が出てしまうと、一次面接は通っても最終は落ちるかもしれませんよ(何様)。

 

私のように中学歴以下のみなさんは就職活動を戦略的に進めていく必要があります。その点に関しては今後、新たに記事を書きたいと思います。私はあなたの見方です(イケメンな顔で)。お互い頑張りましょう。では。